ベルリンのITスタートアップで働くジャバ・ザ・ハットリの日記

日本→シンガポール→ベルリンへと流れ着いたソフトウェアエンジニアのブログ

『日本人の9割に英語はいらない(著:成毛眞)』書評

本書を要約は以下の3点

  • 日本人の9割に英語はいらない
  • 9割はもっと本読め
  • 1割はもっと英語できるようになれ

以上。
成毛氏は元マイクロソフト社長で現在はファンド会社や書評サイトHONZなどでご活躍中、と紹介されているが、私にとってはナニ言ってもおもしろい人。成毛氏はその書籍やインタビューで聞き手の「こう言って欲しい」といった思いの必ず逆を言う。で、その論理を説明される。結論の奇抜さと論理の整然さがこの人の魅力なのだろう。

今回の書籍もその典型。日本中が英語熱に浮かれているところに「9割はそれいらんよ」と言ってしまう。

私は幸か不幸か英語が必要な人になってしまったので、どうすればもっと英語ができるか、に焦点を置いて読んだ。マイクロソフトの最前線でビジネス英語を駆使してきた人だけに、参考になること多々あった。

ただ、他の人が書いた本書の書評をウェブ上で読むと題名の通り「英語不要論に賛成!」ばかりだった。
「そうだ!そうだ!英語なんていらねーよ」
「英語ができてもバカはバカ」
「大事なのは日本語だー」
となっており、必要な1割の人を無視した書評が多くみうけられた。まるで無理に英語を「必要ない」と思い込もうとしているようだ。
その様な人は必要以上に英語が難しいと思い込んでいるのではないだろうか?

シンガポールのような多国籍で多言語な環境に暮らしていると2か国語が完璧にできる人(バイリンガル)なんて当たり前。3ヶ国語、4ヶ国語をネイティブレベルで操る人がたくさんいる。そして誰をとっても「必死で勉強しました感」がない。

この環境で人と接していると特別に優れた才能が無くとも

人間というのは2,3ヶ国語ぐらいは普通にできる動物、ということが実感できる。

「英語なんてやってたら、他のお勉強ができなくなるざます」なんてキーキー言ってる人はちょっと人間の能力自体を低く見積もり過ぎだろう。英語やったぐらいで創造力が落ちたり、論理的な指向ができなくなる、なんてどこまで脳の容量が少ないのか。人間はそんなもんじゃない。

成毛氏

英語って3000時間くらいトレーニングすると、誰でも自然に話せるようになるんですよ。
つまりその時間さえかければ、英語っていつからでも自分の道具になる。英語を
一生懸命教える=英語教育って言葉自体に僕は反発すら覚えます。

その程度の英語に対して、できるようになったときの(少なくとも私にとっては)メリットがデカかった。

なのでもし私が60歳でその年齢の時に英語ができていなかったとしても、私なら勉強する。70からでもやる。

習得が比較的カンタンでそのメリットが明確だからだ。

日本人の9割に英語はいらない (祥伝社黄金文庫)

日本人の9割に英語はいらない (祥伝社黄金文庫)

勉強するなら、これとかお勧めです。

tango-ruby.hatenablog.com