モノを創ることを地味に熱く燃えさせる本『How to Fly a Horse(馬を飛ばそう)』
移転しました。
序章のモーツアルトの逸話を読んだその時点で完全に打ちのめされた。その後はもう本書をダウンロードしたキンドルから目が離せなくなってイッキに読んだ。
逸話というのは映画なんかでもよくやっている、モーツアルトの天才ぶりを示すエピソードだ。
モーツアルトが交響曲を書く際は準備も下書きも何も無しにいっきに書き上げてしまう。モーツアルトがビビッとひらめいた瞬間にその曲が細部にわたって全て彼の頭の中にあり、書くという作業は単に頭の中の曲を紙に落としこむだけだ、と。
交響曲ってあのいっぱい楽器が出てきて何十人もの人が演奏するヤツでしょ。天才って違うよね、やっぱモーツアルトだねーという話だ。
本書はそれが実はモーツアルトの死後に曲のプロモーションのために作られた話であり嘘だった、と。実際のモーツアルトの創作活動を彼自身と彼の妻、父親の書き残した資料から読み解くとこうだった。いろいろ考えてまず書いてみて、それでもうまくいかないところがあればその箇所を修正して、また考える。何日もうんうん考えて時にはかんしゃくを起こしながら悩みながらなんとか完成にこぎつける。という方法だった、と。
まったく天才らしからぬ、実態。モーツアルトの作品が類まれなことは誰もが認めることだが、その創作活動に関しては凡人のそれとほぼ同じなのだ。
だが、こっちの凡人っぽい創作活動の話はウケない。
天才的なひらめきを元に名曲が生まれたという天才エピソードの方はおおいにウケる。
私にしてもやっぱり前者の天才エピソードの方が好きだ。天才モーツアルトがうんうん考えて、地味な作業を繰り返して曲を作っているところはあまり見たくない。天才らしくバーっと華麗にやって欲しい。
本書ではなぜ人々が天才エピソードの方を好むのかその訳とそこに潜む罠を解き明かす。
人々には「天才が天才だけに許されたひらめきで創造する」という幻想に近い欲求をいだく。
なぜなら、その思考を元にすれば「凡人の自分にはできない」とカンタンにあきらめがつけられるからだ。さらにモーツアルトやその他の天才達がやったような地味で苦しい創造作業の全てを放棄できる。
「ひらめきが来ないのになんで地味になに創るか考えないとダメなんだよ、ひらめきが来ないんだよ。とりあえずひらめきが来るまで待つけど、それまでは何もしねーぜ」と楽チンな思考ができあがる。
これらは全て単なる言い訳で、まず大前提が間違いですよ、と本書を通して知らされた。
実はだれもがイノベーティブで創造の主になることができる。ただしその創造につきまとう地味な作業を受け入れることができれば、と。
著者はIoT(モノのインターネット)のコンセプトを創りあげた人物である。創造の本質を歴史と研究結果からひも解いて解説している。
モーツアルトからレオナルド・ダ・ビンチ、ステーブ・ジョブズにいたるまで創造のプロセスはまずその作品なり、創造しようとする対象に向き合い、何時間も何日も何年も試行錯誤を重ねて少しずつ前進させていくこと。ただこれだけ。言い訳してんじゃねーよ、と著者からずばり言われた気がした。
Work is the soul of creation. Work is getting up early and going home late, turning down dates and giving up weekends, writing and rewriting, reviewing and revising, rote and routine, staring down the doubt of the blank page, beginning when we do not know where to start, and not stopping when we cannot go on. It is not fun, romantic, or, most of the time, even interesting. If we want to create, we must, in the words of Paul Gallico, open our veins and bleed.
朝早く起きて夜遅く帰宅。デートは断る。週末は返上。書いては書き直し。見直し、修正。繰り返し作業のまた繰り返し。真っ白な紙をにらみつける。どこから始めたらいいのか分からない。だからと言って立ち止まることもできない。進むしかない。楽しい訳がない。ロマンティックなんて無い。ほとんどは面白くもない。でももし何かを創りたいのなら、こうするより他は無い。 ー ポール・ギャリコ
かの宮崎駿氏にしてもこうだ。
歴代の天才達がその才能の上にあぐらをかかずに地味な作業を繰り返し、絞り出すように創造的作業をしているのに、私なんかがボケっと「ひらめきを待つわー」なんてやり方でいいはずがない。
言い訳せずに自分の仕事と参画しているプロジェクト、そのコードに真正面から向き合おうと謙虚に思った。
本書では創造にいたるプロセスを科学的に分析し、いかに効率良く創造的活動ができるかを解説しているが、それでもそれらはひとっ飛びにパッとひらめくようなテクニックではない。上記の本質を踏まえた上での話だ。
ソフトウェア・エンジニアの仕事はますます創造性が求められるようになってきている。もう仕様書の通りにコードを書いていればOkな仕事は先進国にはない。特にシンガポールのスタートアップでそんなことをやっていればまともな額は稼げない。私も分かってはいるが、特に面倒くさい時は「おめーが言うからその通りにコード書いといたぞ」という創造性ゼロのなんの工夫も無い仕事になってしまうことがある。
100冊に1冊ぐらいの割合でそんな仕事に対する姿勢を正し、ソフトウェア・エンジニアとしてコードを書いてモノを創る仕事を燃えさせてくれる書に出会うことがある。
本書がそれだった。
襟を正してくれた本書との出会いに心から感謝している。
How to Fly a Horse: The Secret History of Creation, Invention, and Discovery
- 作者: Kevin Ashton
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