ベルリンのITスタートアップで働くジャバ・ザ・ハットリの日記

日本→シンガポール→ベルリンへと流れ着いたソフトウェアエンジニアのブログ

海外転職でクソなスタートアップにひっかからないようにする方法

ホントにいいスタートアップには優秀な人材と刺激的なプロジェクトがあり、そこで働く人には無数の成長機会が存在する。ならばスタートアップで働くに限るぜ!となりがちだが気をつけなければならないことがある。それは箸にも棒にもかからないようなクソみたいなスタートアップが存在して、そんなクソスタートアップに入ってしまうとロクなことがない、ということ。

そんなクソなスタートアップを避ける方法はカンタン。クソスタートアップには共通項があるからだ。以下のクソスタートアップ共通項3点にあなたの応募先企業がひとつでも当てはまったらご注意されたし。

<クソスタートアップ共通項>

1)給料がやたら低い

給料がやたら低いところはたとえオファーをもらっても避けた方がいい。「そんなもん俺は**ドル以下のオファーなんて受けないぜ!」とお考えのエンジニアであってもこの点は注意が必要。

日本で培った技術をそのままアピールしてもなかなか海外転職となるとうまくいかないことが多い。そこは海外向けにやり方を変換していただく必要がある。コツさえつかめば問題無いが、そのコツが掴めない間は不採用通知を受けまくってしまう。私も日本から初めて海外に出ようとした時にちょっと苦労した。で、そうして不採用通知をたくさんもらった後にふっとオファーをもらったりすると、嬉しくて舞い上がってしまう。ところがオファー内容をよく吟味すると「給料がやたら低いぞ」と。そこで「あんなにがんばっていろいろ応募してやっと手に入れたオファーだから蹴ってしまうのはもったいない」なんて考えがよぎるが、そこでオファーを受けてはいけない。
この状況を冷静にしっかり説明するとこうなる。

低い給料で人材を買い叩いてくるクソなスタートアップは実際にある。そんな会社でも場所がロンドンやシンガポールにあり、その都市にブランドがあればすごい低い給料でも海外からよく分かってない人が入ってきてしまう。

なんど転職活動を行ってもオファーがもらえてなかったのは転職活動にズレがあったからであって、決してそのエンジニアが持っている技術に需要が無い訳ではない。技術にはそれ相応の値段がついている。あなたの技術を正しい方法でアピールすれば法外に低い値段がつくことはない。

以上の点からクソなオファーは蹴って適正な価格で技術を買ってくれる会社を探しましょう。きっとあるはず。

2)いつまでたっても成長してない

スタートアップの醍醐味はその急激な成長性にある。この間まで従業員10人だったのがいつのまにか50人、そのうち100人だよ、という感じだ。成長性が無くいつまでたっても10人で、もうかれこれ10年目になります、ってなるとそれはスタートアップじゃなくて単なる中小企業。もちろん少数精鋭ですごいスタートアップも存在する。でもそういうところは普通に人材募集したりしてないし、会社もエンジニアもお互いをよく知ってる状態で「あんたの技術すごいから入ってくれ」と入社してくる。
なので海外から探して入る会社にはあまり当てはまらない。

スタートアップとの転職面談ではその成長性を把握しておいた方がいい。ストレートに「おたくは成長してまっか?」と聞いてもOkだ。イケイケのところは胸をはって「おお!急拡大してるぜ!」と言ってくるはずだ。

ただそういう風にはっきり言ってこない場合は聞き方を変えて探った方がいい。私がいつもやってる聞き方はこう。
応募者「この会社に入社したのはいつごろですか?」
面接官「2年前かな」
応募者「あなたが入社したときに開発チームには何人ぐらい人がいましたか?社内全体では何人でしたか?」
面接官「私が入った時の開発チームは4人体制で社内には10人しかいなかったな」
応募者「今は何人ですか?」

という感じだ。「この1年で何人から何人になりましたか?」と直球質問よりもこの方が会話にリズムがあるし、なにより探ってる感が薄いのでだいたいこの聞き方をしていた。
 

3)会社のウェブサイトがしょぼい

ITスタートアップであってもたまにしょぼいウェブサイトのところがある。アプリや製品に注力してるから自社のウェブサイトは放ったらかしになりがちなんだよ、なんて言い訳は意味がない。

立派なウェブサイトを持っている会社 ≠ 立派な会社
であることは自明だ。ウェブサイトなんていくらでも立派にできるし、特にITスタートアップならそれが本職だ。
しかし
ショボいウェブサイトの会社 = ショボい会社
この公式は常に成り立つ。散々いろんなスタートアップを見てきたがウェブサイトがショボいのにイケてる会社なんて見たことがない。

ただウェブサイトがショボいからといって応募書類を出さない方がいい、とは言ってない。ぜひ応募書類を出して面談をするべきだと思う。ただし使い方としては海外転職の面談の練習台にするだけ。面談で何を言ってもオファーもらっても行く訳が無いんだから、サンドバック代わりとしては最高だ。

以上、海外転職でクソなスタートアップにひっかからないようにする方法でした。

エンジニアの方が海外転職をお考えならば『エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢(著:竜盛博 )』がおすすめ。転職前に読むべし。
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ベルリンに移住して3週間経った

家族と共にドイツのベルリンに移住した。ベルリンのスタートアップでソフトウェアエンジニアとして働いている。

シンガポールに移住した際も最初の3週間と、その後の3ヶ月、3年の印象とは少しづつ変化していった。やはり最初の何も知らない時点で見るもの体験するものが新しい!という感覚で感じる印象は格別だ。それらを書いておくと後々に参考になるかもしれないと思ったのでここに書いておく。

3週間目に感じたベルリンの印象

  • 街が思ってたよりきれい
  • パンがやたら美味い、そして安い
  • 生ハムがやたら美味い、そして安い
  • チーズがやたら美味い、そして安い
  • とりあえずメシがやたら美味い
  • 金髪の人ばかりで思ってたよりもアジア系が少ない
  • ちょっとした小物や家具がやたらオシャレ
  • アートに詳しくない人間でもベルリンがアートの街であることが分かる
  • ベルリンの冬は寒い
  • 人がみんな親切
  • ベルリンの子供や若者がとても礼儀正しい
  • 美女が多い
  • みんな英語しゃべる
  • パンがやたら美味い。やたらと美味いので2回書いた

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きっとこれらの印象は2,3年でもしたら変わってくるのかもしれない。今のところベルリンに対してはとても好印象を持っているし、移住してよかった。
1ヵ所に定住するより国境を超えて移住して動き回った方が見識も広まるし、何より刺激的で楽しい。テクノロジーの進化で海外移住のハードルがかつてないほどに下がった今は移住がエンタメのひとつになりそう、と予感している。

こちらのブログ記事に書いたがエンジニアの方が海外転職をお考えならば『エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢(著:竜盛博 )』がおすすめ。転職前に読むべし。
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どこにでもある場所とどこにもいない私(著:村上龍)書評

「なぜ海外で暮らすことにしたの?」「なぜわざわざまたヨーロッパなんかに家族を連れて行くの?」こうした質問になんとか自分なりの考えを伝えるのだが、いつもしっくりこない。そんな時にいつも思い返す本が村上龍の「どこにでもある場所とどこにもいない私」。

どこにでもある場所とどこにもいない私

どこにでもある場所とどこにもいない私

コンビニや公園、駅など日本のどこにでもある場所を舞台にした短編集。どの主人公も閉塞感を感じて、そこから自由になるために海外に出ようとする。その海外に出る直前の様子を描いている。

私は「なぜ海外で暮らすことにしたの?」の質問を受けることが多く、それに対して「前から住みたいなーと思ってまして。。。」とか「世界のことがもっと知りたいわけでしてー」と返答しているが、それらは核心をついてはいない。どちらかと言うと面倒なのと上手く表現できないから、相手が納得しやすいように言っているだけ。本当はこの本に描かれているような日本を包む閉塞感があって、そこから開放される手段がたまたま海外だったようだ、とこの本を読むと気がつく。


収録されている短編のひとつでは高校生の主人公「ぼく」がコンビニで自分の兄と父親について思い返すシーンがある。「ぼく」は父親を「父親」と表現し、兄は「あいつ」と表現していることから両者の関係が読み取れる。

ぼくの父親は東京と埼玉の境目にあるデパートに勤めていた。父親は中部地方の観光地の出身で、誰も知らないような都内の私立の大学を出て、田舎には戻らず、デパートの社員になり、20代の後半にどこにでもいるような女と結婚し、兄とぼくが生まれた。ぼくが育った町は典型的な新興住宅地だった。
<中略>

小さいころ、ほくは兄と比べられて叱られてばかりいた。兄は父親似で真面目な性格で、よく勉強した。小学校のころから塾に行っていたが、東京の私立中学の受験に落ち、地元の公立中学に入って、地元の進学校に進み、結局父親と同じようなどうしようもない私立大学に入った。半年で大学を辞め、家でぷらぷらするようになった。
<中略>

おれはだまされていたというのが兄のロ癖だった。
大学に入ってからだまされていたと気づいたんだがもう遅かった。思い出してみると、中学のときオヤジの勤めているデパートに行って、働いている家具売場名であいつがどういう仕事をしているのかをじっと眺めたことがあった。あいつはレジと売場を往復して、客をソファに座らせたり、勉強机の備え付けのライトのスイッチを入れたり、洋服ダンスの両脇の戸を開けたり閉めたりしていた。売場ではずっと笑っていて、レジに戻ってくると暗い顔になった。おれはまだ子どもだったがあんなことをして何が面白いんだろうと思った。
おれの小学校からの同級生で、高校からアメリカに行ったやつがいるんだけど、大学に入った夏に久しぶりにそいつと会った。そいつはペリカンで有名な国立公園のあるアメリカの町に住んで、鳥が好きになって、大学で生態学を勉強していた。ニューギニアで3ヶ月の夏期講習をしているんだと言った。
将来は中米でフラミンゴの保護をしたいと言っていた。おれにはわけがわからない話だった。
お前はまだ間に合うから何かを探せ、と兄はぼくに言った。オヤジやオフクロや教師の言うことを信じたらダメだ。あいつらは何も知らない。ずっと家の中とデパートの中と学校の中にいるので、その他の世界で起こっていることを何も知らない。

今は海外でそれなりに充実した生活を送っているが、私はいまでも上記でいう「オヤジ」の要素もあると思うし、もちろん「フラミンゴの保護をしたい同級生」の要素を持っているとも思う。「なぜ海外で暮らすことにしたの?」の質問に対して曖昧な答え方しかできていなかったが、実際にはこの本にあるオヤジと同級生の対比があった。「オヤジ」として表現される「その他の世界で起こっていることを何も知らない」が怖くて、「同級生」に表現される「将来は中米でフラミンゴの保護をしたい」にあこがれて海外に出た。

あとがきに村上龍氏は「登場人物固有の希望」について言及している。どの主人公も日本社会全体の希望ではなく、その人だけの希望に焦点を置いている。この本は海外に出てしまった後ではなく、その直前の状態を描くことで日本を包む閉塞感をあらわにして、ほんの少しだけある個人的な希望の芽のようなものを逆に際立たせている。海外に出るだけで全てがOk、とは決してならないことは百も承知。それでもそのわずかな希望がキラキラして見えてしまうこの短編集が好きだ。
おすすめです。

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